大阪高等裁判所 昭和52年(ネ)1859号 判決 1978年7月31日
控訴人 谷川悟
右法定代理人親権者父 谷川仙藏
同母 谷川博子
右訴訟代理人弁護士 奥西正雄
被控訴人 宮部昇
右訴訟代理人弁護士 春木実
同 橋本崇志
右訴訟復代理人弁護士 磯野英徳
主文
原判決を次のとおり変更する。
被控訴人は控訴人に対し金一八万七三三五円及びこれに対する昭和五二年二月一七日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。
控訴人のその余の請求を棄却する。
訴訟費用は第一、二審を通じて一〇分し、その八を控訴人の、その余を被控訴人の各負担とする。
第二項は仮に執行することができる。
事実
一 申立
1 控訴人
原判決を取り消す。
被控訴人は控訴人に対し九八万一三四六円及びこれに対する昭和五二年二月一七日から完済まで年五分の割合による金員の支払をせよ。
訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
第二項につき仮執行宣言
2 被控訴人
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
《以下事実省略》
理由
一1 控訴人(当時六才)が昭和五一年二月二一日、被控訴人所有の本件土地(一辺が公道(右公道は、幼稚園児の通園通路となっている。)に面する三角形の空地)に小学生三、四名とともに入り込み、被控訴人が占有し管理をしていた本件井戸において繩でしばった石を投げ込むなどして遊んでいるうち、繩を持っていた控訴人が本件井戸に転落する本件事故が発生したことは、当事者間に争いがない。
2 右事実と、《証拠省略》を総合すると、次の事実が認められ(る。)《証拠判断省略》
(一) 本件土地のうち公道に面する一辺は約二〇メートルある(他の二辺は隣地との間が仕切られていて、一般人が出入することはできない。)が、公道が坂になっているため高い所で一・四メートル本件土地の方が高くなっていて、その間に石垣が築いてあるけれども、石垣の上には塀や柵等はなく、また一部には石垣がなくその部分は階段状の出入口がついているようになっていて、同所から本件土地への出入が可能であった。
(二) 公道に面する辺の公道から向かって左端の部分では、本件土地と公道とがほとんど同じ高さとなっていて、この部分には石垣もなく、人の出入を防ぐに足りるだけの柵等が設置されていなかったので、同所からは子供らでも容易に本件土地に出入ができ、現に本件事故の当日のように小学生や幼稚園児が本件土地に立ち入って遊んでいた。
(三) 本件井戸は、公道から近い所で約一〇メートルの奥にあり、深さは少くとも五メートル以上あって、その開口部が地面と同一平面になっていた。
(四) 被控訴人は、昭和四九年初頃、本件土地上に在った平家を取り毀し、その際、危険防止のため木製の蓋を作って本件井戸の開口部を覆っていたが、それ以後本件事故が発生するまでの二年有余の間は、本件土地を格別見回り、点検等もすることなく、そのまま放置していたため、一面に雑草が生い茂り荒地同然の状態になり、右蓋もいつの頃からか既になくなっていた。
(五) 控訴人は、事故当日、小学生ら四名といっしょに自宅近くの成田山などで遊んだのち本件土地に遊びに行き、年長の子供らに誘われるままに本件井戸で遊ぼうと考え、年長の子供が繩でくくった石を他の子供らと共に本件井戸の側まで引きずって行ったところ、年長の子供が右石を本件井戸に蹴落した際、繩の端を持っていた控訴人が繩を手放す暇もなく石と共に転落した。
二 本件井戸が民法七一七条にいわゆる土地の工作物にあたることは明らかであるが、これにつき設置保存の瑕疵があったか否かを検討するに、本件井戸は、監視人のいない空地に、開口部を地面と同一平面として存在する古井戸で、その深さが五メートル以上もあるというのであるから、どのような事情で他人(殊に遊びに来る子供ら)が転落するやも知れぬ危険性があり、かような危険性を除去するためには、その占有者としては本件井戸に厳重な蓋をするか、またはその回りに囲いをするとか、本件土地の公道に面する部分に一般人(特に子供ら)の侵入を防ぐような垣、柵等を設置する等の必要があったというべきである。しかるに、本件事故の当時、右の石垣や柵は不完全であって、子供らでも容易に本件土地に出入し本件土地を遊び場として利用できる状態になっていたと認められるうえ、被控訴人が以前に作った本件井戸の蓋もかなり以前からなくなっていたものと推認するほかなく、したがって子供らが本件井戸の周囲で遊んだとしても、井戸に蓋や囲いがあれば、本件のような危険な遊びをしなかったであろうことは容易に考えられるところである(若し、子供らが敢てこれらを取り除いてまで危険な遊びをしたとすれば、その結果生ずる事故の責任は、彼等自身が自ら負うべきであって、これを他に転稼することはできない。)。そうすると、本件井戸は、前記の危険性を除去するための設備を欠き、その設置保存に瑕疵があったというべきである。
三 そうして、以上認定の本件井戸の瑕疵の程度、態様と本件事故の態様とに照らすと、本件事故は右瑕疵の存在との間に因果関係があることも明らかであり、本件事故の発生につき第三者の行為や被害者の行為による加功の度が大であったとしても(過失相殺等の余地はあるとしても)、右因果関係自体を否定すべき理由となるものではない。
四 してみれば、本件井戸の占有者である被控訴人は、本件事故によって生じた控訴人の損害につき賠償責任を負うべきであるが、すすんで被控訴人の過失相殺の主張について判断する。
本件事故は、本件井戸の設置保存の瑕疵に基づいて発生したとはいえ、一面、他人の宅地内に侵入したうえ危険な井戸の存在を認識しつつ危険な遊びを敢てした控訴人側(監督義務者である両親の監督不行届の点も含む。)の行為がその発生の主因をなしていることも明らかであるから、控訴人側の右過失は被控訴人の損害賠償額を定めるにつき斟酌するのが相当であり、その過失割合は被害者である控訴人が一〇分の八であると認めるのが相当である。
五 そこで、損害額について検討する。
1 《証拠省略》によると、次の事実が認められ、これに反する証拠はない。
(一) 本件事故の結果、控訴人はその主張の傷害を負い、直ちに星光病院に運ばれて手当を受けたが、頭部の受傷であるため専門医に転医する必要があり、即日松本病院に入院し、開頭手術等の治療を受け、昭和五一年三月三〇日に退院した。右各病院の治療費の支出は、星光病院が九九三〇円、松本病院が二五万八二三五円である(なお、控訴人は国民健康保険に加入しているので、治療費総額のうち三割にあたる自己負担金及び室料差額、暖房費等の合計額として右金額を支払ったものである。)。
(二) 右三九日間の入院中、控訴人は母谷川博子の附添看護を毎日受けたが、控訴人の年令と病状に照らし、附添人を一人依頼したのと同様の出費があったものというべく、その額は七万八〇〇〇円(入院一日につき二〇〇〇円)と認めるのが相当である。またその間の入院雑費一万九五〇〇円(一日五〇〇円)を支出し、かつ、輸血を依頼した知人に対し少くとも三万六〇〇〇円を謝礼として支払った(数名の知人に対し、手術の際の献血のため長時間待機させたことによる謝礼を含むもので、治療と密接な関連を有すると認められる。)。
(三) 控訴人は、松本病院退院後も、諸検査及び投薬を受ける必要があったため、同年四月三日以降昭和五二年八月三一日まで少くとも四七回にわたり関西医科大学附属病院に通院し、その治療費等として合計三万〇七六五円を支払い(右金額も国民健康保険による自己負担金であり、その間の診療費の合計は一〇万二五五〇円であった。)、そのための交通費一万六九二〇円(母子の運賃合計一日三六〇円)を支出した。
(四) 控訴人が治療費として支出した金員中、合計一一万二六七四円を寝屋川市から還付を受けたことは、当事者間に争いがなく、控訴人による治療費の支出額はそれだけ減額されたこととなる。
(五) 控訴人は、右のほか、救助者に対する謝礼九〇〇〇円の支出を主張し、前記谷川博子の供述中にこれに副うかの部分があるが、右供述によって窺われる事実関係をもってしても、右支出が被控訴人に対する賠償請求の対象となしうる性質のものであると断ずるに足りない。
2 けっきょく、本件事故により控訴人が支出を余儀なくされたことによる積極損害の総額は、三三万六六七六円となるが、前記過失相殺を適用し、被控訴人は右のうち六万七三三五円につき賠償義務を負うというべきである。なお、被控訴人は、治療費について過失相殺をする場合には健康保険給付額をも損害額として計上するべきであると主張するが、右保険給付額の部分については保険者である寝屋川市が被保険者である控訴人の被控訴人に対する損害賠償請求権を取得しているのである(国民健康保険法六四条)から、控訴人が現実に被控訴人に対して請求できる治療費の額は右保険給付額を除いた自己負担の額に限られるのであり、かつ、控訴人としては右自己負担の額につき現実の出捐をすることによって損害を蒙っているのであるから、過失相殺にあたっても右自己負担の額のみに着目して賠償額を算定すれば足りるというべきである。
3 上記認定の本件事故の態様、損害の程度等のほか、《証拠省略》によって認められる控訴人の爾後の恢復状況、すなわち、控訴人は退院後に無事小学校に入学し、体育の授業だけは一年間休み、時に関西医科大学附属病院で加療を受けることがあったが、その他の点では通常の学校生活を送ることができ、格別の後遺症もないこと等に照らすと、控訴人が被控訴人に対して請求しうべき慰藉料額は一五万円をもって相当とする。
4 被控訴人が控訴人に対し見舞金として三万円を支払ったことは、《証拠省略》によって認めることができるから、右金員を被控訴人の賠償金額から控除するのが相当である。
5 したがって、被控訴人が控訴人に支払うべき金額は、差し引き一八万七三三五円となる。
六 以上のとおりで、控訴人の本訴請求は、一八万七三三五円及びこれに対する訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和五二年二月一七日から完済まで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当として棄却を免れない。
よって、これに反する原判決部分は相当でないから右の範囲でこれを変更することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、九二条、仮執行宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 白井美則 裁判官 永岡正毅 友納治夫)